Gオケ本番終了

夏オケ本番直後から、体調を崩していた。
寝込んだり病院に通うほどのことではなかったけど、首から肩の痛みがどうにも。
整体やマッサージに通うヒマもなく、また姿勢のバランスが崩れるのもイヤだったので、湿布や飲み薬でごまかしごまかしやってたのだが…痛みのピークが本番にくると、もうゲンナリ。風邪気味で本番ってのはときどきあるが、物理的に体の動きが制限されちゃう状態での本番って、記憶がないや。
ああ、こうやって、少しずつ無理のきかない体になっていくんですな。トホホ。


それにしても。前回共演したときはものもらいで眼帯だったし、なんでこう、このマエストロとは万全の状態でご一緒できないんだろうか(爆)


ただ、怪我の功名とはちょっと違うけど、逆にムダな動きを減らして弾くことができたかも。
そのあたりは、はやくDVDで検証したいなぁ。


びよらパート的には、こだわるところをみんなで共有できたのがうれしい。
3楽章はしてやったりですな。ニシシ。
自慢じゃないが、最近のGオケびよらパートは、どこのアマオケよりもたくさんパート練やって磨きをかけてるという自負がありますんで。来年春以降はわからんけど(ボソッ)


オケとしてのパフォーマンスは、前回よりずっと上だったのではないか。
マーラー9番も「あの時にしかできない」特別な演奏だったと思うんだが、今回は「狙ったものが少しでも表現できた」という意味で大きい。
今回の曲はある意味マーラーよりも難しく、さらにマエストロのアプローチに対してさまざまな葛藤があったけど、比較的短いシーズンのなかで、なんとかもっていくことができたかな。


ショスタコーヴィチの11番って、日本人として共感しにくいタイプの曲じゃないか。ただ、昨今いろいろな出来事があって、こんなチャランポランな人間でも革命前夜の空気を少しはイメージできるようになったかもしれない。
そして、今回のように客観的に、ある意味冷めた視点からアプローチするのもアリなんだなって。突き放したはず音楽のに、逆にグッときてしまうこの感覚って、9年前のブラ4に近いかなぁ。そのあたり、マエストロとM口氏に共通点を感じるのは、おいらだけなんだろうか?


ところで、ショスタコーヴィチって熱狂的なファンがいるんだよね。昔はGオケにも「その道」に狂う人がたくさん在籍してたようだし。
今のGオケは自分も含めてそうではない(はずだ)し、とくにここ数年はフレキシブルな演奏をするようになったよね。
「赤い音」を期待する向きには物足りないのかもしれないが、おいら自身は「その道」オケに入ったつもりはないもんで(笑)てか、Gオケの魅力って「音楽への共感を隠さない」「地道に精進を重ねる」「場をとことん楽しむ」ところだと思ってるから。


…え、それなのに、最近のおいらはGオケから距離を置こうとしてるように見える、ですと?
さてどうなんでしょう。フフフフフ。
YesかNoかはともかく、自分とGオケとの関係性について、あれこれ検証したいという思いはありますよ。こんだけ長くやってると…ね。